麗しの彼を押し倒すとき。
「ふなもっちゃん!早く!」
「あーもう、わかった。わかった!とりあえずうるさいからお前ら黙れ!」
ふなもっちゃんは面倒臭そうにチョークを取って黒板に向き直ると、さらさらと文字を連ねていく。
深緑のボードに白い色で私の名前が浮かび上がる頃、早く自己紹介しろ、と言うようにふなもっちゃんが私に視線を預けた。
「あ、えっと…」
うわ、また静かになった。
再びシンと静まりかえった教室で、何とか震えないように声を絞りだす。
「えーと…桐谷柚季です。
昔この辺りに住んでいたので、もしかすると知っている人もいるかと思います。これからよろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をすると、パチパチと拍手の音が聞こえた。
よかった……とりあえず噛まなかったし、声も裏返らなかった。
そう思って顔を上げたものの。
「柚季ちゃん緊張してんのー?」
「やめろよ、震えてんだろ」
「……っ」
前の方から飛んできた言葉に、顔が熱くなった。
どうやら知らないうちに、声が震えてしまっていたらしい。