麗しの彼を押し倒すとき。
今までの経験上、ぼっち弁当ならしたことがあるけれど、ぼっち学食はまだ未経験。
だけど相当ハードルが高い事くらい分かる。
こうなったら最悪、パンでも買って屋上に避難でもいいかもしれない。
柚羅の情報によると、この愛蘭高校は珍しく屋上が解放されているらしい。
何でも昔、今は使われていない旧校舎である西館と、この東館を繋ぐ通路が屋上で繋がっていたからだとか。
鞄に教科書を仕舞おわると、代わりに財布を取り出した。
とりあえず何かしら空腹を満たそうと、鞄をフックに掛け直すと、チャリンと音を立てて十円玉が転がっていく。
「あ……」
コロコロと上手い具合に転がっていく十円。
目線を下げて少し追いかけしゃがむと、誰かの上履きのもとで平等院鳳凰堂の面を上にして止まった。
「すみませ……」
「波留、めし」
私が発した声と、頭上から落ちてきた言葉が重なる。
反射的に顔を上げると、蛍光灯の光で一瞬白んだ景色に目を凝らして、徐々に浮かび上がった目の前の人物に、十円玉を拾う手が冷たく震えた。
嘘だ。
頭の奥でしっかりと活字となって浮かんだ言葉に、今日はやっぱり何かがおかしい。なんて思う。
私の視線を感じ取ったのか、その人はちらりと視線だけを寄こした。
分かるか分からないかの微妙な加減で、形の良い眉がぴくりと動く。
蛇に睨まれた蛙とはまさに、こういったことを言うのかもしれない。