麗しの彼を押し倒すとき。
「ねぇ柚季、パリだってー。もうお母さん今から楽しみなんだけどっ」
「……」
「ちょっとー聞いてる?パリよ、パリ。エッフェル塔に、フランスパンに、凱旋門に、ルーブル美術館。あとは…」
「さ、最悪だ」
何がパリだ。フランスだ。
全然嬉しくない!
ショックから何も言わない私の隣で、両親は今から旅行でも行くようなテンションで盛り上がっている。
まさか、もうそろそろ転勤の話が出るんじゃないかとは思っていたけれど、海外だなんて思わなかった。
何なの。そう思い自分のかじっていたパンに目を落とすと、それはしっかりと歯ごたえのあるフランスパンだった。
「ひっ!」
もうこんな身近に仏国がっ!
思わずパンを放り投げると、朝食のコーンスープに見事着地する。
「あら柚季、パンとスープなんてもう向こうのパリジェンヌみたいねっ」
だめだ、この能天気な母親はもうパリという名の都に洗脳されている。
まあこんな母だからこそ、転勤ばっかりの生活でもやっていけるんだろうけど。