麗しの彼を押し倒すとき。
風が頬を撫でて髪を巻き上げ、通り抜けて行く。
椿ちゃん、これはあの椿ちゃん。
前に引っ張られ背中に密着したまま、固まって動けなくなった私は、暴れる心臓に何度も言い聞かせる。
それが功を制したのか、極度の緊張で気絶することも落っこちることもなく、無事に目的地に到着した。
「喫茶…モンブラン」
なぜか見覚えのある可愛らしい喫茶店に、ポカンとその場で立ち尽くす。
あ、ここ今朝通った場所か。
そう頭が記憶を引っ張り出したところで、自転車を留めた椿が片方でブレザーを掴み、もう片方の手で私の腕を支えた。
「ごめんね、迷惑かけて」
「こんなのどうってことない。それより少しなら歩けるか?」
「うん、支えてもらったら大丈夫と思う」
見た目は小さめだけど、小洒落た雰囲気の喫茶店に少し心が踊る。
最近じゃオシャレなカフェばかりが増えて、こんな喫茶店は減ってしまったように思う。
お店の入り口は少し階段を降りて、地下一階にあるようだった。
「可愛い喫茶店だねー!」
椿に支えられながらゆっくり階段を降りて行く。
ステンドグラスと磨りガラスでまだ店内は見えない。
「まぁ、外観だけだ」
「へ?」
小さく呟かれた椿の声は、開かれた扉のカランカランと鳴ったドアベルの音で掻き消され、ちゃんと拾うことができなかった。
だけど扉の先に広がった光景をみて、何となくその言ったことがわかったような気はした。