麗しの彼を押し倒すとき。
「よお、椿」
入った瞬間かけられた声に、ちらりと視線を向ける。
出迎えてくれたのはラフな格好に身を包み、顎髭を生やした男だった。
年齢は意外と若そうで、20代後半くらいに見える。
「もうあいつら来てるぞ」
そう言うと親指を立て、店の奥を指差す。
コポコポとサイフォンの奏でる音と、香ばしい珈琲の香りに歩を進めると、「お!」私に気付いたのか、その男が声をあげた。
「なんだよ椿。珍しく可愛い子連れてるな!」
「……柚羅さんの妹」
「えっ柚羅の!? あー!柚季ちゃんか!」
私をお兄ちゃんの妹だと知ると、随分テンションが上がったその人は手を差し出し、「会いたかったんだよー!」と人懐っこい笑顔を向ける。
「はぁ…こんにちは」
テンションについて行けず困惑しながら、とりあえず差し出された手を取ろうとすると、椿に掴まれている腕をぐいっと引っ張られた。
「うわっ……ちょっと、」
反動で椿の胸のあたりへと、倒れるように着地する。
「何だよ、椿。いいだろ、握手くらい」
「……駄目だ。妊娠する」
「そこまで言われると、俺だって傷つくぞ」
「柚羅さんに言ってもいいのか?」
「あーお前卑怯だな、あのシスコンが絡むとめんどくさいだろ」
「分かったなら諦めろ。ジョニー、ブラック」
「はいはい」
何やら2人にしか分からない内容なのか、ぼんやりと見つめていると不意に椿が私に話を振った。
「……柚季は?」
「え、なに?」
「飲み物。何飲むんだ?」
急に聞かれて驚くと、咄嗟に、「わ、私も珈琲。……ミルクたっぷりの」そう答えた。