麗しの彼を押し倒すとき。
「俺も凪も棗もすぐに気が付いた」
「でも柚季っちが帰って来てるって、お前ら知ってたんだろ?」
「二人は知らなかった」
「はぁマジで?」
信じられないと言ったように、波留くんが声を上げた。
……確かに。なっちゃんは別としても、凪ちゃんは私を見た瞬間に“あの柚季”だと分かってくれた。
なぜかは分からないけれど。
そんなに私って変わってないかなぁ?
自分の胸の辺りを見ると、桃子先生とのあまりの差に悲しくなって、小さくため息をついた。
「まぁ、波留よりも柚季の方がヤバい勘違いしてたけどな」
「へ!?」
椿に急に話を振られ、変な声が出た。
私の焦りが伝わったのか、全員の視線がこちらへ向く。
それまで興味の無いようだった凪ちゃんまでもが、さっきジョニーさんが持ってきたおかわりのコーヒーを置いて、またあの無表情で私を見た。
ふと椿の方を向くと、少し口の端を上げ笑っている。
どうやら彼はここ9年で“意地悪”というものを覚えたらしい。
「ヤバい勘違い?」
「あぁ」
それまで黙っていたなっちゃんが会話へ参加する。
その表情は楽しそうで、まさか自分が女と思われていたとは微塵も思ってないだろう。
なっちゃんが知ったら絶対に大激怒する。そしてその悪くなってしまった口で、散々毒を吐かれるだろう。
「えー何それ!柚季っちの秘密?知りたい知りたい!」
「ちょ、ちょっと椿絶対に言わないで!」
はしゃぎ始めた波留くんが煽り、椿の口がゆっくりと言葉を発する……その前に、私は隣に座っていた彼の口を身を乗り出して塞ごうとした。