鐘つき聖堂の魔女
◆過去の傷と今の気持ち
同時刻、ライルは開店前のオルナティブに来ていた。
この日は休みだったが、リーシャが出かけ、家にいてもやることは特になかったため情報収集も兼ねてモリアに出たのが午前中。
モリアの構造を覚える意味で始めた散策は、ドルネイに入って約二か月の間で、大通りから裏通りまで迷いなく歩けるほどになった。
暇そうに関門や守衛についている憲兵たちの習性を頭に入れつつ、日が沈む前にオルナティブに着いた。
ヒュクスは買い出しに出ており、店内はライル一人だ。
何か飲もうと椅子から立ち上がった時、店のドアベルがチリンと高い音を響かせる。
そして、入ってきた長身の青年を見て、ライルは小さく笑う。
「ライル様、お久しぶりでございます」
「ノーランド…やっと全快か?」
ノーランドと呼ばれた男は呆れの入ったライルの言葉にも嬉しそうな笑顔で返す。
「えぇ、ドナさんの献身的な看病のおかげでこのとおり完治致しました」
「ほう、献身的な…ね」
「ッ…ご、誤解を招くような言い回しをしないで。普通の看病よ、普通の!」
ライルの意地悪な視線に、ノーランドに次いで店に入ってきたドナが顔を赤くして抗議の声を上げる。
実際のところノーランドをつきっきりで看病していたのはドナであり、文句を言いつつも完治まで面倒をみたのは事実であるのに、ツンデレもいいところだ。
「だいたい完治にどれだけかかってるのよ。普段からもっと鍛えなさいよね」
「これでも旅を始める前よりはましになったんですけど、まだまだですね」
ドナの厳しい言葉にも柔らかな笑みを浮かべて受け流すノーランドはこれでもドナより年上であり、上官にあたる位の持ち主だ。