鐘つき聖堂の魔女


男が起きたら何か食べさせないといけないな、などと思いながら生活感のない台所に立つ。

この家の台所は、猫の食事を作る分には事足りるが、人様の食事を作ろうとするなら色々と足りないのだ。

どうしたものかと考えを巡らせている最中、リーシャはふとあることを思い出す。

出来上がったレットのご飯を床に置き、ベッドの反対側にある壁に近づいた。

木でできた壁には無数の彫があり、それは壁一面に広がっている。

リーシャはその壁の前まで来ると、壁にあるものと同じようにナイフで彫を刻んだ。




「まだまだだな……」

ぽつりと呟いた声はどこか寂しそうで、消え入りそうだった。

リーシャが壁を見つめ、肩を落とした時―――




「何が“まだ”?」

突如後ろからかけられた声にリーシャは驚いて振り返ると、先ほどまで寝ていたはずの男が起き上がってこちらを見ていた。

リーシャは咄嗟に自分の髪を確認する。

視界に映ったのは男の色には劣るがそれなりの手入れがされた金色の髪があり、心底安堵した。

というのも、魔女の容姿は黒い髪に黒い瞳であり、これは世界共通事項なのだ。

皆と違う稀なものが好奇な目で見られるのは珍しいことではなく、また、虐げられることも少なくない。

そのため、魔女たちは自らの髪と瞳の色を隠して人に溶け込んでいることが多い。

リーシャもまた指輪の力で金色の髪と琥珀色のごく一般的な色合いに変えていた。




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