鐘つき聖堂の魔女
「これでは追いつかれます!」
女が叫んだ先を走っていたのは見事な黒馬に乗った男だ。
女の上官である男は速度を落とし、女の馬の横にピタリとつける。
深くかぶっているフードから覗く男の鋭い瞳に女は緊張が増した。
「あとどれくらいだ」
「もってあと十分。あの馬鹿の体力次第では五分で追いつかれるかもしれません」
男は遥か後方を必死になって走る騎手を見遣り、女に視線を戻した。
「二手に分かれるぞ」
男の決断は早かった。
このまま走って十分で追いつかれるくらいなら二手に分かれ、追っ手を分散、攪乱できるだろうと思っての判断だった。
窮地において迅速な決断を下せる指揮官ほど頼もしいものはない。
女は焦っていた心を静め、男の命に応じた。
「では私は共に」
女は上官である男を守るために当然のことと思ってそう申し出たが、男は片腕を横に突き出し、女の馬を制す。
「お前はあいつと別のルートを探れ」
「しかし…」
男が指したのは更に距離があきつつあった後方の男だった。
女は後方の男を気にかける様子はあるものの、上官である男と天秤に比べればその結果は明らか。
忠誠心の塊のような女だからこそ、すぐには男の命に従えずにいた。
「あいつ等の標的は私だ。見つかったからにはどこまででも追いかけてくることはお前でも分かるだろう」
女は三百メートルほどまでに迫ってきた追っ手を振り返ってごくりと唾を飲み込む。
「いくらお前でもあれだけの数は相手にできまい。私たちの目的はここであいつらと一戦交えることではないことを忘れるな」
「…分かりました」
女は喉元まで出かかった言葉を飲み込み、男の命令に従った。