鐘つき聖堂の魔女
「陛下」
席を立つ音でがやがやとする喧騒の中、男の一番近くに座っていた中年の男が呼び止める。
ラシッドはまだ何かあるのかとでも言いたげな目で中年の男を見据える。
「一つお耳に入れたいことがあります」
「なんだ」
「これは風の噂で耳に入れたのですが…」
声を潜めた中年の男の話を聞こうと、部屋を出ようとしていた者たちの足が止まる。
「ライル様がドルネイ帝国に向かったと」
「ッ…そうか」
その場にいた者たちにどよめきが広がり、隣にいる者たちとこそこそと耳打ちをし始める。
ラシッドもまた皆と同様に息を飲んで驚いていた。
しかしそれも一瞬のことで、先ほどまでつまらなそうにしていた顔が面白げに歪む。
「ドルネイか。あそこには強力な力を持った魔女がいるらしいからな」
ラシッドは記憶を辿るように宙を見つめ、独り言を呟く。
そして、口の端を持ち上げて獰猛な笑みを浮かべた。
「もしかしたらドルネイにいるのかもしれない…“古の魔女”が」