Dead Flower


お陰で宇美の腕には刃先が刺さったが、カッターは私の手から離れ、遠くへととばされた。

「……っ!!」


どうしよう。
こうなったときのことまで考えていなかった。

まずい。


宇美はまだ床に座り込み、震えながら腕を押さえて私を見た。恐怖の面もちだ。








そうだ。






私は再び宇美に歩み寄る。
宇美はビクッと身体をふるわせた。

「……や、やだ…」

ぶるぶると首を振る宇美に容赦なく近づき、バン、と押し倒す。

そしてその上に馬乗りになる。



「…や、止めてよ!琴音ぇ!!」


宇美はもはや涙目で私を見つめている。








「…琴音!」

「………うるさい」





自分でも驚く程に低く冷たい醜い声。

「…お前らが何したかわかってんのか?」

宇美の表情が固まる。

















「――………死ね」





首に手を巻きつけ、強く締める。




徐々に徐々に力を籠める。


宇美は空気の漏れるようなか細い声を発し、手を私に向かって伸ばしていた。



私は更に力を籠め、ギリギリと宇美の首を締め上げる。







長い時間が過ぎたようだった。


宇美は両腕を下ろし、首をガクッと横向きに倒した。

私はそっと宇美の首から手を離す。

宇美は目を見開いたまま、もう動かない。


死んだのだ。















「……は、…はっ…、はあ………はあ………」


転がったカッターを手に取る。
刃先に血が付着していた。


荒い息を吐きながら、重い身体を起こして、振り返る。


クラス全員、いや、宇美以外の人間がそこに。
みんなは私を冷や汗をかきながら凝視していた。

目を見開いて私を見ていた。


「………ひ、人殺し!!」

ひとりの女子が金切り声をあげた。

「……人殺し!クラスメートを殺すなんて…!」

コイツらは、何を言っているのだろう?

私は一度目を閉じる。



そしてもう一度開くと、一気に般若のような形相で皆を睨みつける。


ビクッとみんなが肩を震わせた。



表情を変えずに口を開いた。




「………何が人殺しだよ」

再びでたしわがれた声。

「…………私が何のためにコイツを殺したのかわかってんのかよ!!
お前らが、お前らが華を殺したからだ!!!
お前らは、華をいじめ抜いて挙げ句の果て、華は自殺したんだよ!
お前らが華を殺した!そうだろ!?
お前らだって人殺しも同然だ!!」


みんなはそっと俯き、口をつぐんだ。
誰も、何も言わない。

「いじめてないヤツだって同じだ。
お前らは華がイジメられたときも、今目の前でクラスメートが殺されていたときだって、誰も何も言わないじゃないか!!
ただ見ているだけ。弱虫!
だから華は死んだんだ。
だから宇美は死んだんだ!!
全部お前らのせいだからな!!!」


泣き出しそうな目で、恐怖に震えた目で、ただ呆然とみんなは私を見た。

私自信、泣きそうになるのを必死にこらえた。

「みんな、みんな何も言わずに、誰も何もせずに見て見ぬふりをして、自分勝手にやり過ごす。それがお前らだ!!!」


手に握るカッターの刃先をみんなに向ける。
女子が「ひっ」と声をあげた。

「………私は決めた。
華の仇をとると決めた…!!
お前らを、ひとり残らず殺してやる!!絶対に…!!
……ふ。ふふ……、は、あはっ、あはははははは……!」

不気味な笑い声が響き出す。
相も変わらず、誰も声を出すものはいない。

「……本当に弱ぇな。くだらねぇ…」




すると、ガラッと音がしてドアが開いた。

一斉に視線が集まる。


「……な、何してるんだ…!?」

担任だ。

担任か。



私はカッターを先生に向けた。
「な…!?ふ、福田!!どういうことだ!?
それにそこにあるのは……ま、さか……!!」

「黙ってください。
そこにいる、いいえあるのはあなたの教え子の亡骸になります。
私はもう、手を汚してしまいましたので……」

「…ふ、ざけるな」

「ふざけてねぇよ!!
私は先日死んだ華のためにクラスメート全員を殺すと決めた。もちろん、イジメを知ってて無視したあんたもだ!」

「……や、止めろ福田」

先生は私の肩に手を伸ばした。
その手をカッターで切りつける。
先生はうめき声をあげ、ポタポタと赤い血が滴り落ちた。

「……わかったかクソじじい」


私はカッターを筆箱にしまい、筆箱を鞄にいれ、その鞄を持ち、更に宇美の亡骸を担いだ。

スポーツも何もしていない私にとって、自分と同等、またそれ以上の重みはかなり苦痛だが、耐える他ない。

それに、今は、重みも何も感じないのだ。



そしてドアの前にいる担任を押しのけ、廊下に出る…、直前に言い放った。

「あ、このこと警察に言ったりなんかしたらお前だけじゃなくて周りの幸せまで傷つけるよ?」

ごくん、と皆が唾を呑み込んだ。

「……わかってるよな?」


それだけ言うと、私は教室をでて行った。




























その日から私は、
『人殺し』になった。
『殺人犯』になった。
『殺人鬼』になった。




狂気を帯びておかしくなってしまったのです。

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