君だけの星へ
「世莉、制服がシワになっちゃうわよ」

「……わーかってるよー」



お母さんの小言に返事をしつつ、わたしはそのまま目を閉じた。



「なんかね、最近数学も楽しくなってきたの。有紗に勉強教えようとしたら、びっくりされちゃったよ」

「ふふ、それならよかったわ」

「えー、『失礼』の間違いでしょ?」



視覚を遮断した中、くすくす笑うお母さんの声が、少し離れたところから聞こえる。

そしてまた、彼女は口を開いた。



「それじゃあ……世莉が家庭教師から卒業できるのも、そう遠くはないわね」

「──え?」



聞こえてきたその言葉に、思わず、閉じていたはずの目を開ける。

お母さんはそんなわたしをまったく気にもとめていない様子で、のんびりアイロンを片付けていた。



「卒業、って……?」

「あら、当然でしょ? 勉強を教えてもらうためといっても、お金だってかかるのよ? 必要ないにこしたことはないわ」



──そうだ。わたしたちの関係は、“絶対”じゃない。

たとえば、わたしに勉強を教えてもらう必要がなくなったら。

たとえば、桐生さんが家庭教師を辞めたくなったら。

そんなことで、今のわたしたちの関係は簡単に崩れてしまう。

簡単に、つながりが切れてしまう。



「……そっ、か……そう、だよね……」

「そうよー」



床から立ち上がったお母さんが、アイロンをしまうためにリビングを出ていく。

わたしはソファーに深く腰かけたまま何をするでもなく、ぼんやりとテーブルを眺めていた。
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