君だけの星へ
「それじゃ俺、一旦下におりて薬とか取ってくるから」



そう言って、すっと、彼の手が離れる。

……あ、やだ。行っちゃやだ。

熱でまわらない頭の中で、強く漠然と、そう思った。

気づけばわたしは手を伸ばし、彼の服のすそを掴んでいて。



「お、」

「……りゅぅ、さん、」

「あ? なに?」

「桐生さん、いかないで……っ」



──熱が、あったから。

頭がぼーっとして、いつもよりうまく、働かなかったから。

だからそんなことが、言えたのかもしれない。



「……望月?」



こちらを振り返って見下ろす桐生さんが、少しだけ瞠目している。

わたしは目に涙を浮かべ、まるで小さな子どもみたいに、いやだ、いかないで、と繰り返していた。



「……望月、」



服を掴んだ手を、そっとほどかれる。

そのままわたしのそれをぎゅっと握り返し、桐生さんはベッドの横にひざをついた。



「……どこも行かねーよ。だから、おとなしく寝とけ」



包み込むようなやさしいその言葉に、わたしはひどく安心して。

そしてゆっくりと、目を閉じた。
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