冷徹上司のギャップに振り回されています
RULE1 チャンスは逃がさないこと
空を見上げても、星ひとつ見出せない。
足を止めてそんなことを思っていると、すれ違う人と肩がぶつかって視線を戻した。
「はぁ……」
もう何度目かわからない溜め息を吐く。
数えきれないネオンが視界いっぱいに映り込み、それがやけに幻想的で、現実を忘れてしまいそうになる。
その眩い世界から再び目を背けるように、今度は俯くようにして、手にある携帯画面に視線を落とした。
ピンク色ベースの可愛らしいサイトページに書かれていることを、改めて確認する。
時給五千円から一万円……。十八歳から二十九歳までで、時間は夜八時から、か。
年齢は今、二十四歳だからセーフ。っていうか、時給一万円ってなんなの?
どれだけのサービスが求められるのか、未知なだけ恐ろしい……。
そもそも、キャバクラとクラブってどういう違いがあるの?
え。ニュークラブとかいうのもある!
全然わかんない。
眉を顰めてディスプレイに顔を近づけつつ、首を捻る。
立ち止まった先にあるビルの電光案内板に、サイトと同じ店名を見つけては空を仰ぎ、また携帯を睨む――の、繰り返し。
店先まで来たのに、ここから一歩がなかなか踏み出せない。
だって、接客っていう接客なんて未経験だし、男の人を相手にするのもたぶん向いてるとは言えない。
なんとなく、私の中で、この一線を越えたくないという欠片ばかりの抵抗が……。
いや。でも、喉から手が出るほど、お金が欲しいのは事実……。
悶々と、ひとり心の中でせめぎ合っていると、突然背後から、低く凛とした声が飛んできた。
「そんなとこにいつまでも突っ立ってたら、いいように流されるぞ」
バッと身を翻し、その声の主を確認する。
そこには、想像以上に上背のある男性が、私を無表情で見下ろしていた。
さっき空を見上げた時のように、大きく顔を上向きにさせる。
彼のスクエアフレームのメガネ越しに、目が合った。
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