冷徹上司のギャップに振り回されています
 
本田さんに言われて掛け時計を見上げると、午後五時過ぎ。
あっという間に時間が過ぎていたことに驚く。
 
手元の帳簿とパソコンの睨めっこに夢中で、時間を全然気にしてなかった!

「その量を、全部終わらせるのは無理だから。続きはまた明日お願いします。大丈夫。急ぎのものはないから」
 
愛くるしい目元の本田さんに、ニコッと微笑みかけられると、思わず頬を染めてしまう。
 
優しいなぁ。それに、可愛らしくもあり、かっこいい。
こんな人が上司なら、仕事も捗るってものだけど……。

そこまで考えてから、私はジトッとした視線を窓際に向ける。
 
不在のままの所長のデスク。
あの人も、本田さんの爪の垢程度でもいいから優しさとかあれば、もうちょっと気持ち的に違うのに。
 
心の中で盛大に溜め息を吐き、表向きは笑顔を作る。

「あの、でも、東海林さんがまだ……」
「ああ。東海林さんは、まだ当分戻らないと思う。それに、有川さんを定時で帰すようにって指示されてるから」
「あ、そうなんですか」
 
それを聞き、定時になっても東海林さんは戻らないのだとわかると、急に肩の力が抜けた。
本田さんに、書類やパソコンの管理方法を教えてもらいながら後片付けをし、席を立とうとした時にふと気がつく。
 
そういえば、三浦さんも本田さんも、まだ全然帰る気配がない。
 
そんなふたりの様子に、私だけ意気揚々と帰っていいものなのかと、立ち上がるタイミングが掴めずにいた。
すると、デスク上の電話が鳴り響く。

「あ、私出ます」
 
ふたりは作業しているし、電話は今日一日で何度か取って応対はしているからどうにかなるはず。
そう思った私は、率先して受話器に手を掛け、余所行きの声を出す。

「はい。東海林税理士事務所です」
 
そうは言っても、やっぱりまだ緊張する。

顧客の名前なんか当然憶えちゃいないし、具体的内容を話し始められたら全くわけがわからない。
でも、ある程度用件を聞いて繋げられたら、少しでも本田さんたちの仕事が捗るはず。
 
そう信じて呼吸を整えながら電話口の応答を待つと、思いもよらない相手に、整えた呼吸も一気に乱れてしまった。

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