冷徹上司のギャップに振り回されています
「俺には関係ない。大人しく実家にでも帰って相談しろ。親はいるんだろ」
淡々と言って再び私の手と履歴書を避けると、スーツの皺を気にするように軽く払い始めた。
そんな動作を見ると、いくらなんでも惨めになってくる。
私は俯きながら、消え入るような声で独り言のようにぼやいた。
「……家(ウチ)、裕福じゃないんです。それに、同居を始めた兄夫婦に子どもも生まれて、今、幸せなんです。そんなとこに私が出戻ったら水差しちゃうし、そもそもこんな理由で帰りづらい……」
「はっ。バカがつくお人好しだな」
深刻な悩みを、軽く鼻で笑って捨て台詞を言われる。
その態度が、逆に意地でも涙なんか見せないで食らいついてやる!という、私の闘争心に火がついた。
スタスタと歩く彼の後ろを、考えもなしにひたすらついていく。
ふたつ目の路地を右に曲がると同時に、ピタッと足を止められ、危うく衝突しそうになった。
どうにか目前の背中に触れずに堪えると、至近距離で振り返った彼が、静かに怒りを滲ませた。
「いい加減にしろ。どこまでついてくる気だ」
「い、いけるとこまで……!」
私の答えに深い溜め息を吐いた彼は、さっきとは少し違って困惑したように目を細めた。
額に右手をあて目を暫く閉じ、そのまま静止している。
窺うように上目で彼の動向を見つめていると、その態勢のままで小さく口が動いた。
「試験採用だ」
「はい?」
全く想像もしなかった単語が飛び出してきて、間抜けな声を上げてしまう。
彼はそんな声に笑いもせず、目を開くと私を冷静に見つめながら説明を始めた。
「別に、特別高い給与ではないと思うが、それでもいいならウチで試験採用してみてもいい」