冷徹上司のギャップに振り回されています
RULE2 がむしゃらに働くこと
翌朝。

私は地味なリクルートスーツを纏い、約束の時間に事務所を訪れた。もちろん、化粧は薄めで。

名刺の情報から難なく辿り着けたのは、オフィス街の大通りに面した立派なビルだったから。
迷うことなく十階建てビルに到着し、二階にある『東海林税理士事務所』の入り口の前で立ち止まる。

このドアを開ければ、きっと昨日の人――東海林さんがいる。
ただそれだけのことなのに、急に緊張してきた私は、なかなか手をドアノブに伸ばせずに躊躇していた。

……よし。いざ!

「おはようございます。お約束されてる方ですか?」

心を決めた時に横から声を掛けられ、再び手を引っ込める。
肩を上げて振り向くと、そこには東海林さんよりも若い男の人が、人懐こい笑顔を浮かべていた。

短髪で、健康そうな引き締まった身体つき。くっきりとした二重は少しタレ目。
その目が犬のような印象を与えているのか、初対面でもどこか安心する気持ちになれた。

けれど、堂々と『採用された者です』とはさすがに言えなくて、わけのわからない返しをしてしまう。

「あっ。その、約束っていうか……お世話になろうとしてると言いますか……」
 
だって、どう説明すればいいのかわからない。

『昨日繁華街で拾ってもらった』だなんて、馬鹿げた説明するわけにいかない。
きっと、この人もここの社員だろうから、印象良くしておかないと!

「あの、こちらの東海林さんという方に試験採用していただけまして! 有川沙枝と申します。よろしくお願いします!」
 
慌てた私は、仕切り直すように満面の笑みでガバッと勢いよく上体を倒し、挨拶をする。

「え? そうなの? あ……と、本田祥吾です。よろしく」
 
ニコリと微笑む本田さんは、第一印象の通り、爽やかで話しやすい雰囲気の人だ。
昨日の東海林さんの取っつきにくさの後だから、余計にそう感じてしまったのかもしれない。

「時間もないし、とりあえず入りましょうか」
 
本田さんがそう言って私の前に出ると、先程まで躊躇していたドアをいとも容易く開け放つ。

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