上司と上手につきあう方法【完結】
「ああ、いいねえ。久しく行ってないしさ。私は麻婆豆腐セットにしようかな」
天竜飯店の麻婆豆腐は、口に入れた時はそれほど辛くはないけれど、ピリリとあとに残る山椒の風味と美味しさが絶品なのだ。
「美琴っていっつもそれだよね」
紗江子が私のチョイスに苦笑する。
確かに初めてあの店に入ってから、私は麻婆豆腐セットから浮気をしたことがない。
「私は冒険が出来ない、つまらない女なの」
そう、石橋を叩いても渡らない、そんなところがあるから、日々平凡に生きていられるわけだけれど――
「はいはい……」
下へと降りるエレベーターへと向かいながら、そんな、どうということもない平和な会話を繰り広げていると
「紗江子さーん、美琴さーん! ちょっと待ってくださーい!」
紗江子と地元が一緒という縁で、私も割と仲良くさせてもらっている、ネット事業部の女の子(通称・伴ちゃん)の声が、背後から響いた。