片恋



「遅れて、ごめんなさい・・・っ」

やっとの思いで待ち合わせ場所にたどりつくと、
遼平君はいつもと同じように、
私より先に来て、待っていてくれた。

枯れた植え込みに腰掛けて、

開いていた文庫を閉じて顔を上げる。


私を見つけたその表情は変わることなく、
黙ったまま、ただ真っ直ぐに視線を投げかける。


何も言ってくれないのは
もしかして怒っているからだろうか、とビクビクしながら、

その怯えをのぞかせないよう、
満面の笑みを作って彼を見つめた。

逃げ出したいくらい向かい合う事に怖気づいているくせに、

視線はどうしても引き剥がせない。


私から一時も目をそらさずに、
遼平君が口を開いた。


「来ないかと思った。」


そんな訳ない、と
慌てて遅れた理由を話そうとして、やめた。

鋭すぎず弱すぎず、ごく自然なその言い方は、

咎めているわけでも
拗ねているわけでもなくて、

ただ私の反応を測っている。


瞳の奥のちいさな揺らぎを

見逃すまいとするかのように。


・・・でも慣れてるんだ、私はその視線に。


持ってた鞄を持ち直したら、
コートのポケットが、裏で足にあたった。

ポケットの中の飴玉のちいさな感触に
ほんの少しだけ勇気が湧いて、

私は余裕ぶって軽く溜息をつく。


まったくこの兄弟は。

時々とても、よく似ている。


「なんで?遼平君は、この映画嫌い?」

笑顔を崩さず明るく答えたつもりで、
言ったそばから自分の失敗にひそかに慌てる。

うぎゃ。

嫌いって言われたら、どうするんだ。


笑顔で固まったまま、
ぎゃーっと内心焦りまくっていると、

遼平君はようやく視線を外して、小さく苦笑した。

「嫌いかどうかは見てみないとわからないけど。」

それから立ち上がって私を見下ろし
ひとつ息をつくと、
ついでのように笑った。

「行こうか。」

「うん。」


何かを諦めたような表情に見えた。

< 121 / 185 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop