片恋



土曜日の水族館は、とても混雑していた。

私は何度か遼平君とはぐれかけ、

そのたびに
そのまま彼に会えなくなるような気がして、
泣きそうになりながら彼を探した。

見つけると、やっぱり泣きそうになって、ほっとした。


遼平君はいつも、ちゃんと近くにいてくれるのに。


今も、ひときわ大きな水槽の前で、
だけど魚にはちっとも興味がないという風に、
人からも水槽からも離れて壁に寄りかかって立っている。


その姿を見つけて一瞬ぼうっとしていたら、

なんだか急に、寂しくなった。


それを振り払うように足を速めて、
遼平君の隣りへと向かう。

手をつないで欲しい

・・・って、
言ったことないな、そういえば。


毎回、私がはぐれそうになって、
そうすると遼平君は自然に手を引いてくれたから・・・

ふと思って、愕然とした。


・・・それは、いつまで?


いつから、彼は―――


「見ないの、魚。」

顔を上げると、
すぐ横に立った遼平君が私を見ていた。


「あ、うん、今日は人が多いから・・・。

私、常連だし!
せっかく来た人達に、ゆずってあげないとね。」

明るく笑いかけると、
彼は水槽の方に目をやって、口元だけで軽く笑った。

薄暗くて表情がよく見えなかったけれど、

・・・もしかして、変なことを言っちゃったかな・・・?


なんだかうまく、会話が続かない。


足元に言葉の切れ端が、ばらばらと落っこちてる気がした。


下を向くと、
どうしても遼平君の手に視線が行く。

何気なく、そーっと指先を近づける。


勝手に・・・触れたら、

・・・

・・・どうなるんだろう。


「じゃあ、そろそろ行こうか。」

「え、あ、あのね、遼平君!」

なに?と彼が振り向く。

続きを促す静かな気配に、
私は一気に緊張して、焦りまくる。
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