片恋



「・・・これが欲しかったの?」


「そう。知ってる?
こうやって耳にあてると、海の音が聞こえるの。」


言いながらそれを持ち上げて
遼平君に向かって手を伸ばすと、

彼は少し身をかがめて、貝殻に耳を近づける。


「ああ、血潮の音だっけ?」

「ちがーう、海の音だってば。」


私は、自分の手が彼に届いたのが何でか嬉しくて、くすくすと笑う。


「でもほんとは私、波の音が聞こえたことないんだよね。
あ、海底の音、だったかな?

遼平君なら、耳がいいから、きっと聴こえるよ。」


聴こえる?海の音。


もう一度たずねると、
彼はとても真剣な瞳になり、


それから目を閉じて、耳を澄ました。


「―――うん。なにかが流れる音。」


そっとため息をつくように静かに、彼が呟く。


とても正直なその答えに、

ちょっとガッカリして、
そうかなあ、と首を傾げると、


遼平君は柔らかく微笑んで、

私の手ごと貝殻を手のひらで包んで、私の耳にあてた。


「ほら。聴こえる?同じ音。」


―――その、耳にあたるコツコツとした感触は

手に取った時と違って微かにぬくもりを持っていて、


ふいに、涙がこみあげた。


周囲のざわめきからくっきりと切り離されて、
静かにこもったその音は、

波音でも、
深海の静けさでもなくて、

「・・・聴こえる。遼平君のと、同じ音。」


にじんだ涙を隠してから、
顔を上げてへへっと笑うと、

遼平君のとても優しいまなざしとぶつかった。

ような、気が、した

のに。

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