片恋
「すごいなあ、すごいきれいな色。」
「そう?ただの絵の具の色だよ。」
そんなことない、とふくれながら琴子が言い返そうとしたが、
遼平はもう、琴子を見ていなかった。
寂しさから、気を引こうとする琴子。
「ねえねえ、これは何に使うの?」
部屋の片隅に置いてあった油彩道具を物珍し気に眺め、
わざわざ遼平の正面に持ってきて広げ始める。
「それは・・・」
顔を上げた遼平は、
琴子の持っているパレットナイフを、黙って取り上げようとした。
少し滑って、掌が切れた。
「遼平君、血がでてるっ」
「あー・・・うん、平気。」
手を放して青くなって謝る琴子に、
上の空で返事をする遼平。
握り締めたパレットナイフと
その刃先をつたう、赤。
鮮やかさに、
つい目を奪われた。
じんわりとした熱と痛み。
少しだけ、自分の感覚を取り戻せたような気がしたのかもしれない。
魅入られたように、
刃先を掴む手に、力がこもる。
それからふと、その色に吸い寄せられるように
見入っている琴子と目があって、
衝動的に意地悪な気持ちで、
ぐいっと絵で血を拭った。
同じ目の色をしている事に、嫌悪した。
目を丸くして、琴子は
なすりつけられた血で汚れた絵を、見つめる。
少しやりすぎたかも、という後悔が遼平をよぎるが、
次の瞬間、琴子が絵を舐めた。
「琴子。」
さすがにびっくりする遼平。
「毒だよ、それ。」
「ぅえっ!?」
「うそ。水彩だから多分平気。油絵だったらわからないけど。」
舌を出したまま間抜けな顔で固まる琴子の額を、
べちんっと思いっきり指で弾く。
「った」
「ほんと何やってんの、お前。
あーっ、びっくりした」
額を押さえて、へらっと笑う琴子に、
遼平は毒気を抜かれて笑い出す。
「食い意地を張るのも、たいがいにしとけよ」