片恋
今度は聞こえたのか、
分厚いガラスに手をつけたまま
琴子が振り向いた。
「・・・うん。
遼平君の言う事、わかる気がする。
でも、見て。」
そう言って、水槽の隅を指でつつく。
その動きにあわせて砂利から顔をのぞかせる
よくわからない小魚の事かと思ったが、
その奥に、誰かが落とした名札が見えた。
『研修中』のシールも見える。
「はは。すごい、ここの
世話をした人が落としたのか。」
声に出して笑うと、
明るい水槽を逆光に、白い歯をのぞかせて
琴子が静かに笑った。
その隣にかがみこんで、
同じように水槽をのぞきこむ。
「なに?」
「琴子、また口が尖ってる。」
笑いながら、手の甲で軽く唇の先を突いた。
ほうけたように、琴子が固まる。
それから我に返ると
真っ赤になって怒り出した。
「びっ、びっくりしたあ~!!
ちょ、ちょっと、子ども扱いが過ぎるよ、
りょうへいくん!!」
そこまで慌てられて
少し不思議に思ってから、やっと
自分が呼び捨てにした事に気がついた。
「ああ、そうか。亮介みたいだった?」
琴子が、言葉を詰まらせる。
その顔から視線を外し、
水槽から意識が離れた所でちょうどいいか、と
立ち上がった。
「そろそろ移動しようか。もうお昼だよ。」
うつむいた琴子が、
しぶしぶといった感じで立ち上がる。
「 」
――
―――・・・
その時、琴子が後ろで何かを言ったが、
今ではよく覚えていない。
「なんて、言ってたんだっけ?」
多分、たいした事じゃ、なかった。
少しの間、思い出すようにして
キーホルダーを弄っていたが、
灰皿から視線を外すと
鍵を手にして、ドアを開けた。