片恋
【遼平 3】
「はっくしゅんっ」
玄関で小さく、
琴子が何度目かのくしゃみをした。
狭いとはいえ誰もいない部屋は、
薄暗くてどこか肌寒く感じられる。
雨に打たれて重くなった傘からは
絶え間なく水滴が流れ落ち、
タイルにはいくつもの濡れた足跡が、
まざりあって形を失いながら残った。
「ああ、今何か羽織る物を持ってくる。
適当に座ってて。」
靴を脱ぐのに手間取っている
琴子を置いて先に奥へあがり、
電気をつけ、適当な上着を探す。
降り続ける雨の中を歩いたのと、
立ち寄ったレンタルビデオ店の
効き過ぎた冷房で、
すっかり体が冷えてしまったらしい。
そのまま切り上げて帰ることにしたものの
電車の冷房で更に冷やすよりは、と
少し歩いてうちのマンションに連れてきた。
「え、いいよ、いいよ。」
しきりに遠慮して所在無げに
部屋の入り口に立つ琴子の肩に、
出してきた上着をかける。
その途端、
ばさりと上着が床に落ちた。
「あっ、・・・ごめんなさい。」
たったそれだけで、
琴子が硬直したように立ち尽くす。
黙ったまま足元から拾いあげて、
正面にかがみ込んで着せてやると、
琴子はおとなしく従って、
のろのろと片腕ずつ袖を通す。
どことなく鈍い反応に、
かすかなひっかかりを覚えて
視線を上げると、
不安そうに揺れる濡れた瞳とぶつかり、
思わず目を逸らした。
視界の端で、琴子がますますうつむく。
確かに今日は、
琴子にとって
不運続きの一日だったかもしれない。
――――――
―――・・・
「あれー?ここもやってない。」
閉められたシャッターを前にして、
琴子が残念そうに声を上げた。
「また今度にしよう。
いつでも来られるし」
そう声をかけて促すが、
琴子はなかなか動こうとしない。
中古CD店の屋根から落ちた雫が、
断続的に傘に当たって大きな音をたてた。