片恋
マンションを出て歩きながら
後ろから手を伸ばすと、
ごく自然に手を引いてくれる。
どう思われていようとも、
・・・進歩だ、これは。
ふふっと思わず笑いがこみ上げて、
はしゃぐように軽く、
繋いだ手を振った。
「なに?」
「なつかしいーって気持ちは、
うれしいとセットだよねーって思って。
私、手をつなぐの、好き。」
遼平君は私の顔を見てそっと微笑んだ後、
正面を向いて遠くを見つめた。
その横顔を見上げながら、
私はひとりで話を続ける。
「・・・さっきの映画を
見てて思ったんだけどね。
子供のときってさ、
時間がぎゅーっと濃縮されてるんだよね。
毎日、毎時間、一分、一秒が
新鮮で、大切で、
短い中にすごくいっぱい詰まってる。
私なんか今じゃ、ぼーっとしてるうちに
あっという間に時間が過ぎちゃって、
スカスカだよ。(笑)
大きくなると、
一秒の中の密度がうすーいから、
だから時間が、
いっぱい必要なんだよね。
無駄に必要なの。
だから子供の頃にたっぷり愛されて、
いーっぱい愛にあふれた時間をもらえれば、
それはたかだか数年なのに、
満たされて、
求めなくても、
生きていけるのに。
大人になってから
足りない分をもらおうとすると、
もらってももらっても、
満足しないの。
子供時間と同じだけ、
大人時間でもらおうとするから、
何年も、
何十年かかっても、
まだ満たされないの。
さらには、子供の頃の飢えた記憶が、
余計に渇きを、かきたてるの。
溺死するほど飲み続けても、
まだ足りないと、思い込むんだわ。」
いつのまにか完全に日は沈み、
辺りは夕闇に包まれている。
自分の足元さえ、藍色に霞む。
気がつけば、立ち止まって
私は道の黒色に目を凝らしてばかりいる。
「・・・でも遼平君は違うね。」
顔を上げて言ったら、明るく響いた。