片恋
「あ、待った。
行き先を変えよう。」
券売機で
今日こそは自分で切符を買おうと
小銭を取り出すのに四苦八苦していたら
突然そう言われて、
私は手を止めた。
振り返ると、
遼平君は耳を澄ますように、
どこか空中を見つめている。
「え?」
「信号故障で止まってるって。」
上空に視線をやる遼平君にならって
あらぬ方向を見上げてみると、
雑踏に紛れて、
かすかにアナウンスが聞こえてきた。
「T駅で乗り換えようと思ってたけど、S駅まで歩いて、そっちからR線に乗ろう。」
「う、うん・・・。」
言われるがままに頷いたけれど、
遼平君が言ってる事も、
アナウンスが言ってる事も、
実はチンプンカンプンだったりした。
多分そんなことは
お見通しなんだろう遼平君は、
特に気にする様子もなく、
私を促すように一度振り返ってから歩き出す。
駅を出て遼平君の隣に追いつきながら、
私は感嘆してちいさく溜息をついた。
「すごいねー・・・。
何線と何線が繋がって、とか、
並んで、とか、そういうの、
私ぜんぜんわかんないよ。
何でみんな、わかるんだろ。
見てても迷ってる人って、あんまりいないよね。」
「ははは。まあ、慣れだよね。
あとは、迷っても精一杯、
迷ってないふりをする。」
「あはははは。」
声に出して笑うと、遼平君も楽しそうに笑った。
それから気がついたように、
少しだけ真顔に戻ってこちらを見た。
「・・・そうだ。
ちょっと回り道していいかな?」
「うん。」
回り道も何も、
自分がいま向かってる駅までの道もわかってないので、
遼平君について歩く以外にない。