片恋



「あ・・・あのっ、落としましたよ!」


何度か声をかけても
なかなか振り向いてもらえず、

結局、全力で走って追いついて
肩に手をかけてからやっと、
立ち止まってもらえた。

怪訝そうな顔で振り向いた女の人は

私よりも少し年上なだけで相当若く、

顰められた眉に、加減がなかった。


「え?ああ、落とした?そう。」


女の人は、差し出したハンカチを見て
すぐに察してくれたものの

素っ気なく視線を外すと、

そのついでのように
私の手からハンカチをつまみ上げ、


流れるような自然さで

ゴミ箱に、捨てた。



すとん、と
聞こえるはずのない音に



全ての景色がかき消された。



視界から色が消え、

音が消え、

形を失い、

時間の流れさえ見失う。



うねるようなざわめきにのまれて、

意識が遠くへ押しやられては、

また引き戻されてと繰り返す。


広い構内を行き交う人の流れが

全くつかめなくて、ぐるぐると目が回る。


自分がどっちから来たのかさえ

わからなくなる。


さっきの女の人の姿は、
とっくに見失っていた。



私は、自分でも
自分の状況が飲み込めないまま、

呆然としてその場に立ち尽くした。


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