黄昏に香る音色
「それじゃ悪いから…。その場で、歌うことにしたの…」

恵子は、煙草の灰を落とした。

「健司と2人だったから…ペットと歌声だけで。そしたら…そこにいたお客さんまで、買うって!今までで、一番売れたわ」

恵子は笑う。



明日香は、唇をきゅと引き締めると…カウンターから身を乗り出し、

「このアルバムの!…歌に寄り添うような…やさしい音が知りたくて…。トランペットと書いてあるから、他のアルバムも調べたけど…音が違うんです!やさしくて、消えそうなのに、暖かい。あたしは、この音が知りたくって…」

感情が、溢れてきそうな明日香の言葉を、

ただ黙って、きいていた恵子は、

一言だけ…。

「ペットよ」

発すると、再び煙草を吹かした。

明日香は、目を見張る。

「ミュートをつけたペット」

煙草を灰皿にねじ込むと、

恵子は、カウンターから出た。

ステージの右奥から、何かを持ってきた。

それは、古びた楽器ケース。

カウンターの上、明日香の横であける。

トランペットが入ってあった。

「あのアルバムで、使ったペットよ」

恵子は、それを明日香に差し出す。

「知りたければ、これをあげる。言葉では伝えられないから…あなた自身が感じるしかないわ」


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