黄昏に香る音色
「明日香ちゃん」

恵子は、2人に烏龍茶を出すと、明日香の方を見た。

「あなたはまだ…音楽を習い始めたばかり。才能なんて、言葉を語るものじゃないわ」

恵子は、タバコに火をつけた。

「もし、周りにいる啓介や和美達と、今のあなたを、比べてるんだったら…やめなさい」

恵子は、明日香の目を見つめ、

「キャリアがちがうし…あの子達も、まだ発展途上よ。あの子達より、他の有名なアーティストの音を聴いて、勉強しなさい。そばにいるものだけに、とらわれないで」

恵子は、明日香が愛おしかった。

「それよりも、音楽をやれる楽しみを、味わいなさい。同じ仲間と、同じ曲を練習し、演奏できる楽しさを。里美ちゃん、よろしくね」

里美は、烏龍茶を飲み干しながら、

「任せて、ママ!この子は、何でも、深刻に考え過ぎるのよ」

里美は、空になったグラスを置くと、

ちらっと時計を見た。

「時間だわ。明日香!あたし、先に帰るね。ママ、ごちそうさまでした」

明日香はこの後、ステージに立つことになっていた。

もう7時前だ。

開店の時間。

慌ただしく、店が動き出す。

明日香は外まで、里美を見送ると、

すぐに、トランペットを握り締めて、呼吸を整えた。


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