黄昏に香る音色
崩れ落ちる和美。

だけど、

こんなことで、許すわけもない。

ただの一曲。

ただの一曲。



だけど…

あたしが、気付かなかった一曲。


(あの子は気づいたの?)


あたしが、気付かなかったことを。



和美は、真っ直ぐに姿勢を正して、ステージに立つ明日香を見た。


(この子は…何なの…)



「だけど!」

和美は、叫んだ。

「歌は負けてないわ。あたしの勝ちよ」

和美が立ち上がり、啓介を…そして、観客を見た。


静まり返る観客。


「どうして…」

唖然とする和美に、

啓介は語りかける。

「お前は、天才だ。だからこそ…勝ち負けがあるとするなら」

啓介は、和美の顔を見、

「負けだ」

「どうしてよ!」

和美は、納得できない。


「歌っているとき、何を考えてた?聴いてる人のことを考え、聴いて貰うという気持ちがあったか?お前は、天才だよ。天才だからこそ、お前の思っている心が、気持ちが、ストレートに観客に伝わる」

啓介は、和美から満席の観客に視線を移し、

「もし…お前が、最後にでてたら…勝っていたよ。お前の歌を聴いた人々は、心が打ちひしがれたまま、帰ったことだろう」

啓介は、明日香達の方を向き、

「だけど…観客は、彼女達の音で救われたのさ」

明日香に微笑んだ。


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