黄昏に香る音色
「あたし…」

啓介の言葉は、嬉しかった。

(でも……)

だからこそ、明日香は言った。


「あなたとは、組めません。まだ…組めません」

騒めく観客。

啓介は、驚きはしないが、明日香にきいた。

「なぜ?」

明日香は、トランペットを下げ、姿勢を正した。

「あたしは、いろんな人の優しさに包まれて、音楽をやってきました。ママや、ダブルケイの店の人達…あなたや和美さん…。今日だって、里美や軽音部のみんながいなかったら…あたしは、ステージに立つことは、できなかった」

明日香は、ステージの上の人達を見た。

「今、あなたのバンドに入ったら…あたしはまた、あなたの優しさに、守られるだけだから…」

明日香の目から、涙が溢れた。

「本当は誘ってくれて、嬉しいの…。でも、待って下さい。あたしが、あたし自身で、音を奏でられるまで…待って下さい。あたしがあたしの足で、あたしの音を抱いて、あなたのもとにいくまで…」





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