黄昏に香る音色
「里美…」

明日香は涙ぐみながらも、力強く頷くと、

楽器ケースだけを掴んで、

玄関へと走った。

「明日香!」

里美が叫んだ。

明日香は、足を止めた。


「頑張れ」

里美は、明日香を見ずに、

「あんたは…あたしの憧れなんだからな」

そう言った。

「ありがとう」

明日香も振り返らずに、ドアを開け、

部屋を後にした。




一人残った里美は、

畳の上に、仰向けに倒れ込んだ。

天井を見つめながら、

「最初からさ…。分かってたことなんだ…けど…」

里美は、涙を拭った。

「畜生――!!」

思い切り、誰もいない部屋で、泣き叫んだ。

「明日香!!!!!!本当は…本当は…」

もう涙を拭う力もない。

「ずっと…あんたと、音楽がやりたかった…ずっと…やりたかったんだよ!!!」

言っちゃいけない言葉。

止めてはいけない思い。

この日の為に、あの子はここにいて、

あたしは、ただ…ついてきただけ。

あの子の後ろを。

里美は涙を拭った。

笑ってみる。

笑顔をつくってみる。

そして、

「2年間…ありがとう」

里美は笑う。

「ありがとう。明日香…」

涙は溢れ続けても、笑い続けた。


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