黄昏に香る音色
女を口説くことに、夢中な男。

それにたかる女たち。

多分ステージを見ているのは、紗理奈だけかもしれない。

河野和美という歌手は、一礼すると、

満面の笑みを客席に向け、静かに歌いだした。

曲名は、分からなかった。

音楽は、ここで聴くだけだから。

後に、その曲は…未来と知った。

母親の子への愛。

子からの思い。

母親から逃げて、この場にいる紗理奈には、

嘘と叫びたかった。

けど…。

紗理奈は涙した。

嘘は、あたしだと思った。

あのステージで、歌われている歌こそが本当で、

客席にいるあたしは、偽物。

キラキラとしたステージの明かりを、

見慣れた照明を、

始めて眩しく感じ、

遠くに感じた。

その時、

紗理奈にとって歌は、

特別になった。

あの場所に行きたいと。

次の日。

紗理奈は早速、

CDshopに向かった。

昨日の歌手のアルバムを、探した。

何とか見つけ、購入する。

そういえば…

機械もなかったから、ラジカセを買うことにした。

もしかしたら、

初めて自分の稼いだ金で、買い物をしたのかもしれない。

家に帰ると、烈火の如く男に怒られた。

部屋が狭くなるのと、

俺の金が減ったと。

返品して来いと、男がCDを投げた時、

紗理奈は初めて、

男を殴り、部屋から追い出した。

初めての男、初めての彼氏だったが、

そんなこと関係なく、許せなかった。

紗理奈は、初めての別れを経験した。

しかし、そんなことはどうでもよかった。

音楽が聴けたら。

和美の歌を聴きながら、

また店で、歌ってほしいと願った。

でも、紗理奈は知らなかった。

昨日のステージを最後に、

和美は、日本から離れていったことを。


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