黄昏に香る音色
彼女は、挑戦的だった。

世間にも、音楽にも、

自分自身にも。

挑戦的であり、実験的であり、

かつ、革新的である歌手が、売れることはない。

だけど、彼女は違った。

タイミングが、よかったのかもしれない。

実力があっても、売れない天才はいる。

真の天才は、理解されない。

すぐには。

普通の…どこにでもいる天才は、理解される。

まだ理解しやすいから。

彼女は、普通ではなかったけど、

彼女の歌声は、人の意識の下を、触れることができた。

人は、心臓の音を意識しないように、

彼女の歌声は、無意識に、人達を包んでいた。

その歌手の名は、

安藤理恵。




「この歌声が…街に流れてるかぎり、俺達にも、希望がある」

健司は歩きながら、

どこからか流れてくる音に、耳をすませた。

「こいつは天才だよ…。俺達とは、違う…」

井守は力なく、呟いた。

「俺は天才だぜ」

健司は、自分を指差した。

「…俺も…そう思ってるよ…だから…ここにいる」

そう言うと、井守は足を止め、

「だけど…。これが、限界なんだよ。ちょっと演奏して、小銭を貰う。俺達は、カラオケより自由がない!」

井守は、絶叫した。
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