あの加藤とあの課長
そう思って身を翻したときには、時すでに遅し。

衝撃と共に、私は壁に叩きつけられていた。



「っ…!」



本当に恐怖すると声が出なくなる。

声が出なくて、喉がヒューヒューいう。


壁に両手と顔をつけ、男に背を向けた状態になった私の耳に、男の声が聞こえた。



「陽萌…、やっと…、俺のものに…!」



コイツだ…と思った瞬間、背中に鋭い痛みが走った。

初めて経験する痛みに頭が真っ白になる。


痛すぎてなのかなんなのか、もはや痛いという次元ではなかった。


壁に押し付けられた状態から、壁伝いに体がズルズルと下がる。

もう力が入らない。


背中から血が出る感覚がする。



「陽萌…、陽萌…!」



この声は、あの電話の声。

水曜日以来何度となくかかってきては、無言もしくはうわ言のように私を呼ぶ。


男が押し付けるようにそれを深く刺す。


刺されるごとに太さが増すということは、柄の部分に向かって太くなっていっているということ。

(包丁…、いや、太さ的に果物ナイフ…。)


頭の中で嫌に冷静に解析していた私の意識は朦朧とし始めていた。



「キャーーーー!!!」



そのとき甲高い悲鳴が聞こえて、誰かが来たんだと分かった。

悲鳴に慌てたのか、男がそのまま逃げようと手を離した。
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