あの加藤とあの課長
「体調が悪いんじゃないのか。」

「いえ…。」



どうして、分かるんだろう。



「嘘をつくな。分かるに決まってるだろう。」



そう断言する課長に、思わずさすが、と思ってしまった。

営業部内でも随一の業績を誇るだけあって、やはり洞察力に優れているのだろう。



「本当に、大丈夫ですから。」



勢いよく棚に向き直った瞬間、グラリと視界が揺れた。



「っ…。」



バサバサと音を立てて資料が床に落ちる。



「加藤!」



掴まれた肩に感じる力と温もり。


自分の置かれた状態に気が付くまで、少し時間がかかってしまった。

転びそうになった私を抱き止めてくれたらしい課長。


まだ言葉を発せそうにない。


不意に鼻孔をくすぐった香水と課長自身の匂いに、なぜか胸が高鳴った。



「…大丈夫か?」

「は、い…。」



やっとのことで声を絞り出すと、課長は安心したように息を吐いて私を支えてその場にしゃがみ込んだ。



「寝不足か?」

「そう、なりますね…。」

「そうか。」



社会人5年目にもなって、自分の体調管理もできないなんて、情けなくて泣きたくなる。

課長の前だから泣かないけれど。
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