あの加藤とあの課長
家に帰ると、私は煙草とケータイを持ってベランダに出た。


源、まだ仕事かな…。

そんな不安を胸に宿しつつ、着信履歴から名前を探し出して通話ボタンを押した。



『もしもし。』



私の思いとは裏腹に、源は僅か2コールで電話に出た。

だけど、その声は少し固くて。



「もしもし、源?」

『あぁ、陽萌か…。』



私だと分かった瞬間に声が和らぐ。



「まだ仕事中だった?」

『少しな…。明朝までのがあと少し残ってるな…。』

「そっか…。あ、じゃあ、仕事終わったら電話ちょうだい、何時でもいいから。」

『いや、大丈夫だ。どうした? 何かあったか?』



私がこっちに来てから早2週間。この電話は少なくとも1週間ぶり。

元々連絡を取り合わない私たちだったから、無理もない。



「ううん、源の声聞きたいなーって、思っただけ。」



本当はギューッてして欲しい。

だけど、少しでも甘えたら終わりだと思うから、見ぬふりをして前を見る。



『…俺は、会いたいけどな。』

「源…。」

『抱き締めて、キスして、お前を抱きたい。』

「ちょっ…! 会社じゃないの!?」



私は思わずケータイを握り締め、小声になって源に尋ねた。



『いや、家だ。安心しろ。』



電話の向こう側で笑っている声が聞こえた。
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