あの加藤とあの課長
「アイツ…って?」



本当は気付いているけれど、少しでもその答えを先伸ばしにしたくて、わざと聞き返した。

ヘラリと笑うと、微かに睨まれる。



「惚けてんじゃないわよ。」

「……。」

「…陽萌。」



静かに名前を呼ばれて、私はそっと目を伏せた。

どう、って。



「……分かんない。」



敏ちゃんがピクリとも動かなかったから、逆に気になってその顔を盗み見た。


顔を歪めたのは、私の方だった。

敏ちゃんは、いつか見た、男の顔をしていたから。私はすぐに視線を戻した。



「…分かんない?」

「……恵也は昔の彼氏で、普段の私なら気にも留めないと思う。」

「うん。」

「でも、恵也は私の中では特別な人なの。」



全部に於いて、初めての人だった。


好きになったのも、付き合ったのも、デートしたのも。

手を繋いだ、抱き合った、その先もした。


全部全部、初めての人だった。



「ずっと、一緒にいると思ってた。」



それくらい、未来を信じられた。
だけど、それは叶わなかった。
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