あの加藤とあの課長
「……情けないな、俺も。」



源の言葉に顔を上げると、困ったように笑った源と目が合った。

あぁ…、今日で何度目だろう、この顔をさせてしまったのは。


申し訳なさと悲しさで視界が霞む。



「余裕がないんだ。」

「源…。」

「陽萌を取られる気がして、余裕がない。」



そう言って私を強く抱き締める。



「は、じめっ…。」



零れた涙を拭うこともせず、源にしがみつく。


好き、大好き。

私には源が必要なのに。


こうして変わらずに、私を大きな愛で包んでくれるこの腕が愛おしい。

私の居場所はここにあるんだと再確認する。



「…陽萌。」



私の頬に優しく触れた手が、そのまま私の顎をゆっくりと持ち上げる。

頬を伝った涙をその手が拭う。



「俺から、離れて行かないでくれ…。」



懇願するように言う源の目は、いつかの目。


(また…。)

玩具を取られまいとする、子供のよう。


唇に落とされたキスは、涙に濡れてしょっぱかった。
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