あの加藤とあの課長
翌朝、仕事に向かう源を送り出した。



「行ってくる。」

「うん…、いってらっしゃい。」



閉まるドアが、源の姿を私の視界から消した。


いってらっしゃいのキスもした。
強く抱き締め合った。

別れを惜しみもした。


うん、遠距離に戻る、普通の恋人同士。



リビングを振り返って、小さく溜め息を吐いた。


ここでの生活は私がいなくても進んでいく。

それで、いい。


それでいいはずなのに…、胸が苦しい。


どんどん消えて行くよ、私の居場所が。
取り戻せる気がしない。

私の帰ってくる場所は、本当にある…?



その場に崩れ落ちて、分かりきっている答えを前に、堂々巡りを繰り返す。



私の帰ってくる場所はここには溢れている。


この家。

源の隣。

源の腕の中。


こんなに溢れているのに…、不安にしかならないのはどうして…?


―――『アンタの場合、心理的な距離よりも物理的な距離』

敏ちゃんの言葉を思い出して、嘲るように笑う。



「距離は距離だよ…、敏ちゃん…。」



側を離れるだけで、こんなにダメダメなんだ。

私はきっと、この距離に勝てない。



私が自ら帰る場所を手放したのは、それからすぐのことだった。
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