あの加藤とあの課長
これ以上は無理だと、唇を噛み締める。

そんな私の顎に触れる手があった。

その手は俯く私の顔を上げさせると、いつものように、唇に触れるんだ。



「…噛むな。」



何度も頭の中で響いていた声が今、聞こえる。

もう、想像なんかじゃない。



「血が出る。」



噛み締めるのを止めれば、そうだと言わんばかりに微笑んで。



「源っ…。」



源の首に腕を回して抱きつくと、それを受け止めてくれる源。

懐かしい匂いが鼻孔を掠める。



「っ、う…! 源ぇ…!」



源だ、源だ…!

源の首に回した腕に、ギュッと力を込めてしっかりとしがみつく。


それに応えるように、私の背中に回った源の腕にも力が籠る。



「陽萌…。」

「私、もう逃げない。」



源の肩に目を押し当てた。



「私っ、源の腕の中に、源の隣に、居場所があればそれでいい…。」



腕の力を緩めて距離を取ると、源を見上げた。

失くなってしまった居場所は、また取り戻していけばいい。


ただ源の側にいられれば、それでいい。



「…アイツは。」

「アイツ…?」
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