あの加藤とあの課長
その日の夜から、源は度々社長の娘さんとの食事に行くようになった。

社内では結婚間近かなんて噂が立ったり。


当の本人はといえば、お酒と香水の臭いを纏いながらも深夜や朝には必ず帰ってきてくれる。



安心も満足ももちろんできないけれど、帰ってきてくれる…それだけで、よかった。

とりあえず、は。



とはいえ寂しさも悲しさも募るばかりで。

だけど私には何もできなくて。
身動きが取れない状態が続いていた。



そんなある日のこと。



「え…?」

「冗談じゃない、僕は本気だよ。」



取引先の社長に接待を受けていたときのこと。


いつもは断るなりするんだけど、どうしても大事な話があるからと、断らせてもらえなかった。

おまけに、今日は私1人だ。



「前向きに考えてくれないか…?」

「…すぐにはお返事できません。」

「そりゃそうだ、人生を左右しかねない話だからね。ゆっくり考えてくれていい。」

「はい…。」

「いい返事を期待してるよ。」



ポンッと肩を叩かれた私は、曖昧な笑みを浮かべた。

この業界では若い、それもやり手の社長である彼。……いいかもしれない。


この人になら私の人生、預けられるかもしれない。

少なくとも源のことなんかを考えれば、この社長を選べば…、間違いない。


期待と迷いを胸に、帰路へとついた。
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