あの加藤とあの課長
「俺も、他の会社から誘いを受けててな。」



私に向かっていたずらっ子のように笑うと、源は社長に向き直った。



「社長。」



呆然と源に目を向けた社長は、先程までとは違い、意気消沈していた。



「私は地位も名声も欲しくはないんです。ただ、隣に彼女がいてくれればそれでいい。」

「源…。」



私の肩を抱くと、不敵な笑みを携えて社長を真っ直ぐに見た。



「私も彼女も、生半可な気持ちで交際しているわけではありません。」



私の肩を抱く手に力が籠る。



「社長……、申し訳ありませんが、貴方の期待には応えられそうもありません。」



暫しの沈黙のあと、社長は微かに微笑んだ。

そして、私が出した退職願と源が出した退職願を重ねて持つと、一思いに破った。



「……私の負けだ。」



破ったそれをゴミ箱に放り込むと、悲しそうに笑って、私たちを交互に見た。



「君たちは我が社の誇りだ。早々、他所へやるわけにはいかない。」

「じゃあ…!」

「……源くん、申し訳ないことをしたね。」



そう言って微笑んだ社長は、私の知る、いつもの社長だった。
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