あの加藤とあの課長
「……止めてください。」



そんな顔をしないで。



「課長。」

「ん?」



頬を撫でる手を掴むと、課長は静かに目を細めた。

伝わってくる想いと、その奥に見え隠れする炎に当てられそうになる。



「どうして、私なんですか…。」



そう呟いた声は掠れていた。



「どうして、だろうな。」



課長はどうやって笑って、どんな顔で愛を囁き、どう人を愛でるのか。

課長はどうやって、その人を落としにかかるのか。


そんな疑問の答えを、私は見つけてしまったらしい。



「陽萌。」



初めて呼ばれた名前に反応する間もなく、唇が塞がれた。

軽く離れて、また触れて。何度かそうするうちに、だんだん深くなっていく。



「んぁ、…ぁ。」



漏れる声に戸惑いを隠せない。

だって、相手があの課長だなんて…、一体誰が想像しただろう。


あの課長がこんなに穏やかに微笑んで、こんなにも想いが伝わってくるキスをすると、一体誰が想像しただろう。


戸惑いと、苦しさと、緊張にも似た感情に、私の心は埋め尽くされていった。
< 52 / 474 >

この作品をシェア

pagetop