あの加藤とあの課長
「えっとじゃあ…、カシスオレンジ…とか、ありますか?」



こんな敷居の高そうなお店に、そんなジュースみたいなお酒も置いているのだろうか。

ないわけがないのに、なぜだかそんな不安がよぎる。



「はい、ございますよ。」

「じゃあカシスオレンジで。」

「かしこまりました。」



そのとき、奥の方から拍手が聞こえてきて、何事かと顔を向けると、ドレスやスーツに身を包んだ男女数人が出てきた。

各々、手には楽器。



「始まるみたいだね♪」



と楽しそうに湊が言った。



「ここの人たちはお酒も演奏も一流だからね、超オススメ。」

「…もしかして…。」



私の、ため?
……なんてね、そんなわけ、ないよね。



「少しは陽萌の心に入り込めたらなー、なーんちゃって♪」

「…湊は、分からないよ。」

「んー?」

「本気なのかも、適当なのかも。」

「お待たせいたしました。」



目の前にすっと出されたコースターとグラスに手を伸ばす。



「俺はいつだって本気だよ、陽萌に対しては、だけどね。」

「…そう。」



グラスを煽ると、私は流れてきたジャズに耳を澄ました。
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