あの加藤とあの課長
「お邪魔しまーす…。」



慣れてるはずなのに…、何緊張してるんだろう…私ったら…。



「あ!」



部屋の奥、外に露天風呂を見つけて、堪らずそちらへ駆け寄る。

いいなー、いいなー! 入らせてもらおう、丁度宴会で汗かいてそのままだし。


窓ガラスに右手をついてそれを眺めて、ふと顔を上げると、ガラスに写った課長と目が合った。



「もう少し落ち着け、餓鬼じゃあるまいし。」



そう微笑みながらこちらに歩み寄ってくる。

……どうせ餓鬼ですよーだ。



「私の座右の銘は“童心忘れるべからず”だからいいんですーっ。」



初心だけじゃない、幼心も失くしたくないんだ。大人には見えないことって、たくさんあるから。

ふいっと顔を背けたそのとき、背中に温もりを感じた。



「…陽萌。」



声が耳元でして、それがくすぐったくて肩をすくめる。


この声が好き。
この声に呼ばれるのも好き。

お腹に回された、この腕も好き。



「課長、あの。」



離して。でなきゃ、変な気持ちになっちゃう。

泣きたいくらいに苦しくて 、笑っちゃいたくなるくらい切ない。


まるで、私じゃないみたい。



「お前は馬鹿だ。」
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