お嬢様重奏曲!
「そろそろ、か」
 一太刀も掠らない事への焦りからか、茜の竹刀は次第に大振りになり始めていた。
「くっちょろちょろと!」
 茜が裂帛の気合いと共に踏み込み、上段から竹刀を振り下ろす。
 その剣速は鋭い上に素人ならば、消えたように錯覚させるほど速くまさに目にも留まらぬ速さであった。
「こりゃまたなんとも」
 司はたまらず半歩ほど後退する。
「逃がさん」
 司の動きに合わせ茜もまた半歩ほど更に踏み込む。
 しかしこれが司の狙いだった。
 茜は無理に踏み込んだため、体勢が崩れかけていたのだ。そして司はその場に残した竹刀を茜の手首目掛けて振り上げる。
 パシーン!
 道場内に乾いた音が鳴り響く。
「………くっ」
 茜が手にしていた竹刀が手を離れ床に落ちる。
「琴崎茜。反則一」
 剣道部の顧問が茜に告げる。
 剣道では竹刀を離すと反則を取られる。そして反則を二回取られると、一本と見なされるのだ。
「……なるほど。これが狙いか」
 つまり反則で一本取れば茜に怪我をさせずに済み、更には実力がなくても勝つ事が出来るのだ。
 その事を察した茜は面越しに司を睨み付ける。
「さて。どうかな?」
 あくまで白を切る司に怒りを覚え、茜は竹刀を手にし定位置に戻る。
「私を愚弄させた事を後悔させてやる」
 試合が再開すると、司は再び自然体となり回避に徹する。
 すると周りのギャラリーが司を批判し始めた。
「……ふむ。そろそろ頃合いだな」
 ギャラリーの反応を確認した司は竹刀を握っていた手に力を込める。
「っ!」
 司の気配が急激に変わったのを察し茜の動きが止まる。
「馬鹿な。この卑怯者に私が怯えているだと? いやこれがやつの」
 茜の頬に冷や汗が流れる。頭では向かおうとしているのだが、頭が警告しているのだ。迂闊に近付けばやられると。
「なんだ? 来ないのかよ。だったら!」
 今度は司から前に出た。しかし体勢は自然体のままで。
「くっ! 負けぬ! めぇぇぇぇん!!!!!」
 茜の竹刀が司に向け振り下ろされる。
 スパーン!
 先ほどとは違う乾いた音が鳴り響く。
「ぐふっ。う、腕を上げたようですね。琴崎…先輩」
 ドサッ。
 何だか訳の分からない言葉を残し、司はその場に倒れ込んだ。
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