恋人たちのパンドラ【完】
***

壮介は帰りのタクシーに身体を深くうずめていた。

悠里の髪をかき上げそれを耳にかけた瞬間に感じた‘すずらん’のような香り。

9年前から変わっていないその香りが壮介の鼻先をかすめた瞬間、無意識に悠里の耳たぶに口づけをしていた。

とっさに取り繕って言葉を続けたが、頭の中はその香りに記憶を呼び起され混乱していた。

(悠里自身がすずらんそのものだな)

深く溜息をつきながら身体の中のその香りの記憶をなんとか追い出そうとしていた。

すずらんはヨーロッパでは幸せの象徴として扱われるとともに、その毒性も有名である。

壮介にとって悠里はまさに‘すずらん’だった。

悠里がそばにいるだけで、幸福とともに9年前の苦しみを与える。しかし、構わずにはいられない。あの時の痛みや苦しみは今の壮介に十分な影を落としていたにも関わらず。

自分の人生をこれほどまで左右されたのに、身体も心も悠里を欲してしまう。

その‘すずらん’の毒の中毒にでもかかったかのように。


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