恋人たちのパンドラ【完】
***

「俺が呼び出したら、必ず来るように」

壮介は自分がそんな風に悠里に告げたものの、一度も呼び出すことをしなかった。否、できなかったというほうが正しい。

自分でも自覚している、一度呼び出して自分の元に悠里を寄せてしまえば、離せなくなることが。

自分の中の怒りがいまだ渦巻いているにも関わらず。


この矛盾が壮介のスマホを操作する手を何度も止めた。

今の瞬間もまさにそうだ。スマホを手にし、それを見つめて溜息をついていた。

今日で玩具の展示会が終わった。

もともと悠里は三国の担当ではなく今回の展示会のために自分が無理矢理、担当にしたのだ。以後は今までの担当者が我が社を担当するのだろう。

悠里の真剣な顔、安心した顔、嬉しそうな顔、そして辛そうな顔。

再会から何度も悠里の顔を見つめ、胸に焼き付けた。

目をつぶると悠里がにこやかに微笑む姿がうかんでくる。

その笑顔は9年間変わっていなかった。壮介の好きだったあの笑顔だった。

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