恋人たちのパンドラ【完】
***

悠里は帰りのタクシーの中、両手で自分の身体を抱きしめていた。

シャワーも浴びずに部屋から飛び出した悠里は、痛む身体を引きずりホテルの前でタクシーに飛び乗った。

(まだ、壮介の香りがする)

自分から立ち上る壮介の香りに、頭がくらくらした。

最初で最後と自分にいいきかせ、自分の‘はじめて’を壮介に捧げ、一生の思い出にするはずだった。

これで自分の恋は完結して思い出になり心の隅で温かく存在するだけのものになると。

それが大きな間違いだと、今なら分かる。

悠里の中の壮介が、大きく心を占める。

昔の壮介の優しい眼差し、笑顔。さっきの壮介の熱い身体、息遣い。

すべてが脳裏に焼き付いてさっきから一瞬たりとも離れなかった。

タクシーの運転手が「着きましたよ」と何度も声をかけられ、やっと現実に戻った。
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